【経ヶ岳・多良岳・佐賀県/長崎県】雨と霧の祈りの稜線で得た「やればできる」という自信

登山

佐賀県と長崎県にまたがる経ヶ岳・多良岳へ、金泉寺登山口から国見岳、多良岳、笹岳を巡る縦走登山に挑みました。登山難易度は上級者向け。見どころは金泉寺や多良嶽神社上宮、雨に煙る幻想的な稜線です。登山口へのアクセスは車が便利。山頂からの景色が霧に閉ざされた日だからこそ出会えた、祈りと挑戦の物語を紹介します。

経ヶ岳・多良岳の概要と歴史・文化

山岳信仰が息づく多良山系

多良山系は、佐賀県と長崎県の県境に広がる火山性の山地です。最高峰の経ヶ岳は標高1,076メートルで佐賀県最高峰にあたり、九州百名山に選ばれています。

多良岳は国見岳、多良岳、前岳という三つの峰の総称でもあり、太良町の案内では国見岳996メートル、多良嶽神社上宮が鎮座する峰と前岳はともに983メートルとされています。

多良岳は奈良・平安時代から信仰を集めた山岳霊場です。金泉寺は平安時代初め、弘法大師空海が行基菩薩の遺跡を訪れた際に不動明王と両脇士を刻んで本尊としたのが始まりと伝わり、修験道の道場として開かれました。周辺には石仏や行場など、その面影が今も残ります。

経ヶ岳という名も仏教の経文を思わせますが、正確な由来には諸説あります。祈りの山・多良岳と並び立つ姿そのものが、この山域と信仰との深いつながりを物語っていました。

霧の向こうには、千年を越えて受け継がれた祈りの道が続いている。

登山前の想い――雨の山へ入る覚悟

2025年4月26日、土曜日。早朝の金泉寺登山口は、降り続く雨に濡れていました。

空には低い雲が垂れ込め、森の奥まで白い霧が入り込んでいます。雨、霧、そして風。晴れた日の絶景を期待する登山者にとって、歓迎すべき条件ではありません。

それでも、この山旅は特別なものになる気がしました。

今回は国見岳、多良岳、笹岳を越え、多良山系最高峰の経ヶ岳まで歩く長い縦走です。「経ヶ岳には13時までに到着する。間に合わなければ無理をせず引き返す」と撤退時刻を決めました。

期待より不安の方が大きい出発でしたが、帰るための約束を自分と交わし、濡れた登山道へ踏み出しました。

勇気とは、進む覚悟と引き返す約束を一緒に持つことだった。

登山開始――雨音と祈りの道

登山口から東屋を通り、最初に国見岳を目指します。雨に濡れた石畳は黒く光り、苔の匂いと湿った土の香りが森を満たしていました。

頭上からは葉を打つ雨音。谷から吹き上げる風は冷たく、頬や指先から少しずつ体温を奪っていきます。霧を通した光は淡く、石仏や木々の輪郭を柔らかく浮かび上がらせていました。

道の途中で、修験道の開祖と仰がれる役行者の座像に出会います。険しい山へ入り、心身を鍛えた修験者たちも、かつて同じように雨と霧の中を歩いたのでしょう。足を止め、今日の安全を祈りました。

岩屋根に守られるように佇む小さなお地蔵さまを横目に、濡れた岩場を慎重に登ります。国見岳の山頂は真っ白でしたが、自分の息遣いと風の音だけが響く静けさに、不思議な安心感を覚えました。

展望を閉ざした霧が、心の奥にある声だけを聞かせてくれた。

多良岳から経ヶ岳への登山ルートと注意点

濡れた鎖場と笹岳のアップダウン

今回の登山ルートは、金泉寺登山口から国見岳、多良嶽神社上宮、金泉寺、笹岳の南峰・本峰・北峰を経て経ヶ岳へ向かい、再び金泉寺へ戻る周回・縦走コースです。

多良岳周辺には石段、岩場、鎖場があります。晴天時でも慎重さを要しますが、雨の日は苔むした岩と濡れた木の根が非常に滑りやすくなります。鎖だけに体重を預けず、三点支持を意識して進みました。

金泉寺から先は縦走の後半戦です。笹岳周辺では細かなアップダウンが続き、霧の中では分岐を見落としやすくなります。時折吹きつける風で身体が冷え、知らないうちに体力が削られていきました。

経ヶ岳付近は急登と岩場があり、下りでは鎖やロープを使う場面もあります。復路に別ルートを選ぶ場合、その道が必ずしも楽とは限りません。実際、帰りに選んだ道は鎖場が多く、緊張の続く下降となりました。

登山難易度は上級者向けです。初心者は金泉寺や多良岳の往復から経験を積み、中級者も雨天時の全山縦走は避けるのが安全です。上級者でも早朝出発、登山届、雨具、防寒着、手袋、ヘッドライト、予備食が欠かせません。

濡れた鎖を握る手に、山を恐れ敬う心が宿った。

金泉寺と多良嶽神社上宮――祈りの中心へ

多良岳山頂には、多良権現を祀る多良嶽神社上宮の石祠が静かに佇んでいます。展望は霧に閉ざされていましたが、雨に磨かれた祠の前へ立つと、長い時代を越えて守られてきた場所の重みを感じました。

参拝を終え、急な鎖場を下って金泉寺へ向かいます。苔むした境内は霧に包まれ、時が止まったような静けさでした。

そばには多良岳金泉寺山小屋があり、登山者にとって休憩と交流の拠点になっています。険しい峰々の間に、人がほっと息をつける場所がある。そのこと自体が、長い山旅への優しい励ましに思えました。

雨に濡れた祠の前で、無事に歩ける一日へ静かに手を合わせた。

経ヶ岳山頂――何も見えない絶景

笹岳の南峰、本峰、北峰を越え、経ヶ岳へ続く急な道を登ります。時計を確かめながら、一歩ずつ標高を上げました。

そして、多良山系最高峰の経ヶ岳山頂へ到着。

目の前に広がっていたのは、やはり真っ白な世界でした。晴れていれば多良岳、五家原岳、大村湾、遠く雲仙岳まで望める山頂ですが、この日は景色のすべてが霧の向こうです。

それでも、流れる雲が風に押され、山頂をかすめていく光景に息をのみました。「何も見えない」のではありません。霧の動き、頬を打つ雨粒、風の強弱、冷えた身体の感覚――晴天では気づかなかった自然の気配が、そこには満ちていました。

目標時刻までにたどり着けた達成感と、ここまで守ってくれた山への感謝。「やればできる」という小さな自信が、胸の奥で確かな灯になりました。

白い世界の中心で、見えなかった景色より大切なものを見つけた。

下山で出会った光――長い一日の贈り物

山頂で昼食を取り、下山を始めました。往路とは異なるルートには鎖場が多く、疲れた脚での下降は登り以上の慎重さを求められます。

足元には、雨水がつくった小さな流れが現れました。岩肌には糸を引くように水が落ち、晴れた日には存在しない「幻の滝」となっています。厳しい雨が生み出した、つかの間の美しさでした。

午後4時を過ぎた頃、霧が一瞬だけ薄くなりました。雲の切れ間から光が差し込み、雨に濡れた新緑が一斉に輝きます。山全体が長い眠りから目を覚まし、「よく歩いた」と迎えてくれたようでした。

金泉寺登山口へ戻ったのは16時51分。長い緊張から解放され、無事に帰れた感謝が込み上げました。

一日の終わりに差した光は、歩き続けた者への山からの返事だった。

まとめ――経ヶ岳・多良岳は判断力を試す信仰の山

経ヶ岳・多良岳は、山岳信仰の歴史に触れたい人、鎖場や岩場を含む本格的な縦走を経験したい中級者・上級者におすすめです。

金泉寺から多良岳を往復するコースは比較的取り組みやすいものの、笹岳を経て経ヶ岳まで歩く今回の登山難易度は上級者向けです。雨や霧が加われば、滑落・道迷い・低体温症の危険がさらに高まります。

ベストシーズンはツクシシャクナゲが彩る春と、紅葉が美しい秋。晴れて乾いた日を選び、余裕のある行動計画を立てましょう。

次は穏やかな青空の日に再訪し、山頂から大村湾や雲仙岳へ続く絶景を眺めたいと思います。それでも、雨と霧の一日は決して残念な登山ではありませんでした。

あの日、霧の稜線でともった「やればできる」という小さな光は、これから先の険しい山道でも、きっと私の足元を照らしてくれるでしょう。

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